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【アラベスク】  第4章 男ゴコロ



第2節 銀梅花の香り [1]




 弾くようにレバーを上げて、シャワーを止める。ボタボタと落ちる水滴もそのままに、濡れた髪を顔にへばりつかせ、床を凝視した。
 ―――― やっぱり気になる
 補習を受けていない美鶴(みつる)は、夏休みになってからは学校へ行く機会がない。先日の夏期模試の時に一度行ったが、やはり見ることができなかった。
 夏休み前の校内模試。その順位表。
 たしか、休み明けまでは貼り出してあるはずだ。誰もいない時を見計らってこっそり見ようと試みた。
 だが無理だった。
 美鶴の周りには、常にウザイ生徒の視線が(たか)っている。皆、美鶴の揚げ足を取ろうと終止監視している。教室でまったくの一人になるというのは、無理だ。
 ツバサという厄介な存在もある。正直、邪魔な存在だ。
 だが、そう邪険に突き放すこともできない理由が、生まれてしまった。それは―――

 (したた)る水のそれぞれから、微かな香りが漂う。

 爽やかだが、微かに甘い。

「くっ」
 強く瞳を閉じる。
 そんなコトよりも、今は順位だっ

 ――― いや、気にするな。

 いくらそう言い聞かせても、どうしても気になる。
 どれほど順位を落したのか。一位になったのは誰なのか。瑠駆真(るくま)は何位だったのか――――
 自分にこれほどの屈辱を味合わせた張本人の順位も、やはり気になる。
「あーっ!」
 思わず喚き、バスルームの扉を勢い良く開ける。バスタオルを頭に投げつけ、ゴシゴシと擦った。
 擦り過ぎると髪が痛む。
 霞流(かすばた)の屋敷で世話になった美容師にそう言われた。だが、痛もうが切れようが、知ったこっちゃない。

 霞流さん―――――

 手を止めた。
 ひょっとしたら会えるかもしれない
 そう思って、夏休みに入ってから一度だけ、駅舎へ行った。だが慎二(しんじ)はおろか、木崎(きざき)にも会えなかった。
 駅舎は開いていたので、木崎が開錠に来たことは間違いない。
 夕方まで待てば、木崎さんには会える。
 そう思ったが、待って木崎に会って、果たして何をするつもりなのか?
 自問して、結局すぐに立ち去ってしまった。

 ―――― 何やってんだろ?

 自分でも、自分の行動がわからない。それも苛立ちを募らせる。
「イライラするっ!」
 叫んだところで、問題が解決するワケはない。
 開け放した窓から、生暖かい風。
 Tシャツを乱暴に被り、ジャージを穿()いてベランダへ出た。
 午後八時を過ぎ、ようやく暮れた夏の夜の闇。住宅街の灯りが見える。
 この時間なら、皆でリビングにでも集まって、テレビでも楽しんでいるのだろうか? いや、塾にでも行っているのか?
 どちらにしろ、この時間に学校をウロついている生徒など、いないだろう。
 唐渓(からたに)のお嬢様・お坊ちゃまが学校で夜遊びなど、するはずもない。
 まぁ、中には覚せい剤に手を出す者もいるのだ。親に隠れて夜の街を徘徊する生徒も、いるかもしれない。
 ふんっと嫌らしく笑う。
 だがすぐ真顔に戻り、軽く唇を噛んだ。
 確かめなければ、気が済みそうにない。
 そう決意すると、手早くガラス戸に施錠をし、鍵を持って部屋を出た。







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